
The Name
紫苑(しおん)
大切な人を忘れず、
いつまでも想う墓苑
『今昔物語集』巻第三十一には、亡き父を忘れまいと願う子供が、父の墓に紫苑を植え、いつまでも父を偲び続けたという説話が伝えられています。「紫苑」には、大切な人を忘れず、いつまでも心に偲ぶという願いを込めました。
紫苑は、秋に淡い紫色の花を咲かせるキク科の多年草です。ここに掲げたのは、江戸後期の本草書『本草図譜』(岩崎灌園 著)に彩色で描かれた紫苑です。
出典:コトバンク「紫苑」(デジタル大辞泉、精選版 日本国語大辞典)、コトバンク「本草図譜」。
図:岩崎灌園『本草図譜』巻17 湿草類5「紫菀」/国立国会図書館デジタルコレクション(コマ7、パブリックドメイン)
Two Plants
萱草と紫苑
物語には、はたらきが正反対の二つの草が登場します。亡き父を思う兄弟が、それぞれ父の墓のそばに植えた草です。

萱草(わすれぐさ)── 兄が植えた草
見る人の思いを忘れさせる草とされていました。つらさを忘れたいと願った兄がこの草を植え、やがて父を思う気持ちを忘れていきます。

紫苑(しおん)── 弟が植えた草
見る人の心にある思いを忘れさせない草とされていました。父を慕う心を失うまいと願った弟がこの草を植え、いつまでも父を忘れることはありませんでした。
Story
兄弟と二つの草の物語
『今昔物語集』巻第三十一に収められた「兄弟二人、萱草・紫苑を植うる語(こと)」を、現代の言葉に訳してご紹介します。
むかし、ある国のある郡に住む人がいました。その人には男の子が二人ありましたが、父親が亡くなると、二人は父を恋しく思って嘆き悲しみ、何年たってもその思いが薄れることはありませんでした。
そのころは、亡くなった人を墓に納めるならわしでしたので、父もそのように葬られました。二人は父が恋しくなると連れ立って墓を訪ね、涙を流しながら、自分の身のつらいことも嘆きも、まるで生きている父に向かって話すように語りかけては帰ってくるのでした。
やがて年月が重なり、二人は朝廷に仕える身となりました。お勤めのかたわら暮らしのことにも心を配らねばならず、思うにまかせないことが多くなったころ、兄はこう考えました。「このままでは、とても心の晴れようがない。萱草(わすれぐさ)という草は、見る人の思いを忘れさせてくれるという。あの草を父の墓のそばに植えてみよう」。そうして兄は、墓のそばに萱草を植えました。
その後、弟はたびたび兄のもとを訪ねて、「いつものように、お墓へお参りに行きませんか」と誘いましたが、兄は何かと差し支えがあると言って、一緒に出かけることはなくなってしまいました。
弟は、兄をずいぶん薄情だと思いました。「私たちは二人で父を慕い、その思いを支えにして日々を送ってきたのに。兄上はもう忘れてしまったけれど、私は父を慕う心を決して忘れまい」。そして、「紫苑という草は、見る人の心にある思いを忘れさせないという」と、墓のそばに紫苑を植えました。いつも墓を訪ねてはその紫苑を眺めていたので、弟が父を忘れることは、なおさらありませんでした。
こうして年月が過ぎたある日のこと、墓の中から声が聞こえてきました。「私は、おまえの父のなきがらを守っている鬼だ。恐れることはない。私はおまえのことも守ってやろうと思う」。弟はたいそう恐ろしく思いながらも、返事もできずにじっと聞いていました。すると鬼は、さらにこう続けました。
「おまえが父を慕う心は、どれほど年月がたっても変わることがない。兄もおまえと同じように父を恋しがり、悲しんでいるように見えたが、思いを忘れる草を植えて眺めたので、そのとおり忘れてしまった。おまえは紫苑を植えて眺めたので、そのとおり忘れずにいる。父を慕うおまえの心の深さに、私は胸を打たれた。鬼の身ではあるが、私にも慈しみの心があり、ものをあわれむ気持ちは深いのだ。また私は、その日のうちに起こるよいこと・悪いことを、はっきりと知ることができる。だから、おまえのために、それを必ず夢で知らせてやろう」。そう言うと、声はやみました。弟は泣きながら、心の底から喜びました。
それからというもの、弟はその日に起こることを夢に見るようになり、それが外れることは一度もありませんでした。わが身に起こるよいことも悪いことも、すべて前もって知ることができたのです。これも、父を慕う心が深かったからこそでした。
ですから、「うれしいことのある人は、紫苑を植えていつも眺めるとよい。つらいことのある人は、萱草を植えていつも眺めるとよい」と、このように語り伝えられています。
※ 原文では、国と郡の名が空白になっています。また、兄の言葉には欠けている字があり、前後の文意から補って訳しました。

画像:国立国会図書館デジタルコレクション(コマ333、パブリックドメイン)
原文を読む
今昔、□□の国□□の郡に住む人有けり。男子二人有けるが、其の父失にければ、其の二人の子共、恋ひ悲ぶ事、年を経れども忘る事無かりけり。昔は失ぬる人をば墓(つか)に納めければ、此をも納めて、子共、祖(おや)の恋しき時には、打具して彼の墓に行て、涙を流して、我が身に有る憂へをも歎をも、生たる祖などに向て云はむ様に云つつぞ返ける。
而る間、漸く年月積て、此の子共、公けに仕へ私を顧るに、堪難き事共有ければ、兄が思ける様、「我れ只にては思ひ□べき様無し。萱草(わすれぐさ)と云ふ草こそ、其れを見る人、思をば忘るなれ。然れば、彼の萱草を墓の辺に殖て見む」と思て、殖てけり。
其の後、弟、常に行きて、「例の御墓へや参り給」と兄に問ければ、兄、障(さはり)がちにのみ成て、具せずのみ成にけり。然れば、弟、兄を「糸心踈(う)し」と思て、「我等二人して祖を恋つるに、懸りてこそ日を暗し夜を曙しつれ。兄は既に思ひ忘れぬれども、我は更に祖を恋る心忘れじ」と思て、「紫苑(しをに)と云ふ草こそ、其れを見る人、心に思ゆる事は忘れざなれ」とて、紫苑を墓の辺に殖て、常に行つつ見ければ、弥よ忘るる事無かりけり。
此様に年月を経て行ける程に、墓の内に音有て云く、「我れは汝が祖の骸(かばね)を守る鬼也。汝ぢ、怖るる事無かれ。我れ、亦汝を守らむと思ふ」と。弟、此の音を聞くに、「極て怖し」と思ひ乍ら、答へも為で聞居たるに、鬼、亦云く、「汝ぢ、祖を恋る事、年月を送ると云へども、替る事無し。兄は同く恋ひ悲て見えしかども、思ひ忘る草を殖て、其れを見て、既に其の験を得たり。汝は亦紫苑を殖て、亦其れを見て、其の験を得たり。然れば、我れ、祖を恋ふる志の懃なる事を哀ぶ。我れ、鬼の身を得たりと云へども、慈悲有るに依て、物を哀ぶ心深し。亦、日の内の善悪の事を知れる事、明か也。然れば、我れ、汝が為に見えむ所有らむ夢を以て、必ず示さむ」と云て、其音止ぬ。弟、泣々く喜ぶ事限無し。
其の後は、日の中に有るべき事を夢に見る事、違ふ事無かりけり。身の上の諸の善悪の事を知る事、暗き事無し。此れ、祖を恋ふる心の深き故也。
然れば、「喜き事有らむ人は、紫苑を殖て常に見るべし。憂へ有らむ人は、萱草を殖て常に見るべし」となむ語り伝へたるとや。
旧字体を新字体に、カタカナを平仮名に改め、句読点とかぎかっこを補いました。( )内は底本の読みがな、□は底本の欠字です。
出典:『今昔物語集』巻第三十一 第二十七「兄弟二人殖萱草紫苑語」。原文は 芳賀矢一 編『攷証今昔物語集』下(冨山房、大正10年)630〜631ページ(国立国会図書館デジタルコレクション)によります。現代語訳は、この原文をもとに当サイトで作成したものです。